元チャンピオンのガッツ石松氏がリングやテレビでの輝かしいキャリアの末、76歳で死去

Guts Ishimatsu - Reprodução/YouTube

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「幻の右」と呼ばれた強力なダブルパンチで知られるプロボクシングの元世界チャンピオン、ガッツ石松さんが2日、肺炎のため東京都内の病院で死去した。彼は76歳でした。

ガッツ石松(本名:鈴木裕司)は、栃木県生まれ。彼は1966年にプロボクシングにデビューし、1974年4月の3度目の世界タイトル戦でメキシコ王者をKO勝ちし、WBC世界ライト級のベルトを獲得した。

「幻の右」と呼ばれる強力なワンツーパンチで知られ、1978年に引退するまで5回連続世界王座の防衛に成功した。

引退後はNHK連続テレビ小説「おしん」などドラマや映画に出演したほか、バラエティ番組にも出演し、「OK牧場」などのユーモアあふれる解説で幅広い年齢層の視聴者を魅了した。

所属事務所によると、ガッツ石松さんは6月2日、肺炎のため東京都内の病院で死去した。彼は76歳でした。

ガッツ石松さんの所属事務所は「多くの人に愛されたことが最大の誇りであり、幸せな生涯を送ったと確信しております。故人に代わって、温かく応援してくださった皆様に心より感謝申し上げます。勝利のポーズをとるたびにガッツ石松を思い出していただければ幸いです。OKコラール!」と強調した。

ガッツ石松とは?

ガッツ石松(本名:鈴木裕司)は、栃木県生まれ。

1966年にプロデビューし、ライト級に出場した。

彼のボクシング人生には浮き沈みがあり、1970年と1973年には世界タイトル戦が行われたがいずれも敗北に終わった。

1974年、3度目の挑戦ではメキシコ王者が大本命だったが、ガッツ石松が「幻の右」と呼ばれたダブルブローを繰り出し、見事8ラウンドKO勝ちを収め、世界タイトルを獲得した。

世界タイトルを5度防衛した後、1978年にプロボクシングから引退した。

彼は出場した51試合中31試合に勝利したが、14試合に負けたこともあった。

世界の頂点に上り詰めた格闘家として数々の敗北を重ね、プロボクシングの極限を強烈に体験した。

手袋を外した後、彼はバラエティ番組での「OK Corral」などのユーモラスなコメントで特徴付けられ、俳優兼パーソナリティとしてテレビ視聴者としてよく知られるようになった。

1983年放送の連続ドラマ『おしん』、2015年放送の『まれ』など数々のNHKドラマに出演。

具志堅用高「とても残念です」

ガッツ石松さんの逝去を受け、同じく元世界チャンピオンの具志堅用高さんは「ガッツさんはボクシングでも人生でも偉大な人物でした。いつ会っても明るくて優しかったです。とても寂しくなります。ご冥福をお祈りします」とコメントした。

渡辺謙さんは「ガッツの笑顔に元気をもらった」と話した。

1986年の連続テレビ小説「はね駒」でガッツ石松の相手役を務めた俳優の渡辺謙さんは自身のツイッターで「朝ドラはね駒の撮影初日を思い出して、2月にびわ湖に飛び込むシーンがありました。『健ちゃん、私は世界チャンピオンだから大丈夫ですよ!』」と投稿した。ガッツの謎の笑みに勇気づけられ、飛び上がった。温かい人でした。安らかに眠れますように」とガッツの死を悼んだ。

栃木県鹿沼市では、故郷に建てられたプレハブ墓に住民らが供養を行った。

栃木県鹿沼市出身のガッツ石松さんは、約20年前、地元の石工会社を宣伝していた際のつながりで、市内にあらかじめ用意しておいた墓を建てた。

墓石には「ガッツ家の墓」と刻まれており、その隣にはチャンピオンベルトとボクシンググローブが石に刻まれており、タイトル戦の結果記録も残されている。

11日にはガッツの死を聞いた人々が弔問に出かけた。宇都宮市の男性は「まだ元気だと思っていたので、亡くなったと聞いてショックだった。素晴らしい人生を送った人で尊敬していた。いつか栃木でお会いしたいと思っていたので残念です」と話した。

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