過激派組織「日本赤軍」の元メンバーで、1972年のイスラエルのロッド空港襲撃事件の実行犯の一人、岡本幸三さん(78歳)がレバノンで死去した。 7月23日にレバノンの首都ベイルート郊外で起きた彼の死のニュースは、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)によって発表された。岡本さんは政治亡命希望者としてレバノンに住んでいた。
ロッド空港襲撃事件と岡本容疑者の逮捕
1972年5月30日、岡本公三と他の2人の共犯者が、イスラエルのテルアビブ市にあるロッド空港(現在はベングリオン空港として知られている)で発砲した。この攻撃により約100人が死亡または負傷した。岡本さんは銃撃犯の中で唯一生き残ったが、後にイスラエルの裁判所で裁判を受け、終身刑を言い渡された。
岡本公三のレバノンでの刑務所と亡命後の生活
岡本さんの軌跡は1985年、パレスチナ人団体との捕虜交換の一環としてイスラエルの刑務所から釈放されて新たな章を迎えた。釈放後、彼はレバノンに定住した。 1997年に不法滞在の疑いでレバノンに拘束されたが、2000年になんとか政治亡命を取得し、それ以来レバノンに留まった。
日本赤軍とPFLPの歴史的つながり
日本赤軍は、1970 年代と 1980 年代に海外の基地から集中的に活動した武装極左組織です。 1971年、このグループの元指導者重信房子はレバノンを訪れ、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)との接触を確立した。 PFLPの支援を受けて、日本の団体は国内に国際拠点を強化したが、これが岡本氏とパレスチナ人グループとのつながり、そしてその後の同地域への亡命を説明している。
