カルト集団 Charles Manson ファミリーの元幹部である Bruce Davis 受刑者がカリフォルニア州バカビルの医療刑務所で83歳で死亡し終身刑の服役に幕を下ろす
かつて全米を震撼させた Charles Manson のカルト組織で主導的な役割を担っていた Bruce Davis 受刑者が、2026年9月11日23時03分にカリフォルニア州バカビルの刑務所病院 California Medical Facility で息を引き取った。カリフォルニア州矯正リハビリテーション局の広報官 Mary Xjimenez 氏が医療現場の看護師による確認書面をもとに明らかにしたもので、83歳での獄中死となった。
終身刑の判決を受けて収容されていた同受刑者は、仮釈放の権利を認められないまま50年以上の歳月を塀の中で過ごした。長期間にわたる拘禁生活の末、同施設の病室ベッドで生涯を終える結果となった。
スパーン牧場を拠点とした2件の殺人への関与と1972年の有罪評決
裁判所は1972年、音楽活動を行っていた Gary Hinman 氏と同集団の拠点にいたスタントマン Donald Shea 氏の殺害を巡り、同受刑者に対して第1級殺人罪で有罪判決を下した。事件の温床となったチャッツワースの Spahn Ranch は Manson 一味の生活拠点となっており、受刑者は刑期の大半をサン・クエンティン州立刑務所で服役した。
ロサンゼルスから砂漠への移動費用を確保するため資産強奪を企てた一味は、要求に応じなかった Hinman 氏を襲撃した。現場では Davis 受刑者が銃を構えて被害者を制止し、首領の Charles Manson 自らが刃物で耳から顎にかけて重傷を負わせた。また Shea 氏に対しては警察への密告を疑った首領の指示に基づき、Steve Grogan や Charles Watson、そして Davis 受刑者が人里離れた場所へと連れ出して刃物で致命傷を負わせた。
検察側および矯正当局は、同受刑者が犯行グループの中で極めて重要な地位にあったと認定していた。本人は Shea 氏に対する刃物での切りつけを認め、2014年の仮釈放審問では集団のリーダーに認められたい一心であったと当時の心理状態を説明した。一方でベネディクト・キャニオンで発生した女優 Sharon Tate 氏ら5名の殺害事件に関しては、事件翌朝まで犯行計画や実行を知らなかったとの立場を一貫して主張し続けた。
審査委員会による適格勧告と歴代知事による拒否権行使の経緯
カリフォルニア州の仮釈放審査委員会は2010年以降、Davis 受刑者に対して通算8回にわたり釈放適格との判断を出していた。しかし、州知事が持つ権限によってその決定はことごとく覆され、施設外への復帰は実現しなかった。
カリフォルニア州の歴代知事である Arnold Schwarzenegger 氏、Jerry Brown 氏、そして Gavin Newsom 氏は、委員会が承認した仮釈放案をいずれも拒否した。Newsom 知事は2021年の決定書において、受刑者が自らの犯した罪の重大性を真に理解しておらず、被害者への共感が不十分であると厳しく指摘した。知事は自ら直接刺したかどうかにかかわらず、組織的な凶行へ積極的に荷担した行為そのものが残酷な虐殺をもたらしたと結論付けた。
審査委員会は2024年、受刑者が犯罪ドキュメンタリーを扱う音声配信番組へ無許可で出演していた事実を問題視し、手続きを一時中断した。Julie Garland 委員長らは、過去の集団生活の経験をもとに書籍の執筆や講演活動を模索していた本人の態度を厳しく戒めた。
弁護を担当した Ananda Hart 氏は、受刑者が自己の利益や過去の美化を目的としたわけではなく、重大な過ちの記録を残そうとしただけであると釈明した。受刑者は50年におよぶ収容期間中に学士号および修士号を取得し、重大な規律違反を起こすことなく更生指導を受けていた。かつて弁護人を務めた Michael Beckman 氏もまた、自身が弁護した中で最も更生が進んだ人物であると主張していた。
米国外やカリフォルニア州沿岸部で発生した未解決死亡事案の捜査線
公判を担当した Stephen Kay 検察官は、Davis 受刑者が組織の中でも最も冷酷に凶行を遂行できる危険性を秘めていた人物であると位置付けていた。受刑者は凶器を手に取り、組織の命令を遂行していた。
警察などの捜査機関は、米国内のみならず国外で起きた複数の不審死についても同集団との関連を長年精査した。特に以下の2件について事実確認が進められた。
- 英国ロンドンの Talgarth Hotel で喉と手首を切断されて死亡しているのが確認された Joel Pugh 氏の事案
- カリフォルニア州ベニスでロシアンルーレットの最中に銃が暴発したとして処理された John Haught 氏の死亡事案
英国で命を落とした Pugh 氏は集団の女性信奉者 Sandra Good 氏と交際しており、Manson がその関係に強い憤りを抱いていた事実から、当時ロンドンに滞在していた Davis 受刑者へ疑いの目が向けられた。また1969年11月にベニスで Haught 氏が死亡した現場にも Davis 受刑者は居合わせており、発見された銃器から指紋が一切採取されなかった点が不自然であるとして捜査当局から注視されていた。
カルト集団元幹部らの処遇とカリフォルニア州による厳格な拘束方針
一連の事件を首謀した Charles Manson は、仮釈放を認められないまま2017年に州内の刑務所で病死した。州司法当局は他の主要な共犯者に対しても厳しい収容管理を継続してきたが、Leslie Van Houten 受刑者については裁判所の判断により知事の拒否権が無効化され、2023年に身柄が釈放された。
Gavin Newsom 知事は服役を続ける Patricia Krenwinkel 受刑者に出された仮釈放勧告に対しても拒絶権を行使した。州政府は凶悪事件の関与者に対して厳しい刑事手続きを維持している。
