中国の火星探査機Tianwen-1は、火星周回軌道から恒星間彗星3I/ATLASの詳細な撮影に成功した。約3000万キロメートルの距離を通過する太陽系外の天体を別の惑星周回軌道から捉えた観測は史上初であり、国際天文学界における画期的な成果となった。
3I/ATLASはチリのATLAS望遠鏡群によって発見され、科学的に確認された恒星間天体として3例目となる。2017年のオウムアムア(’Oumuamua)および2019年のボリソフ彗星(2I/Borisov)に続く天体であり、双曲線軌道の特性から太陽の重力束縛を受けない外来天体であることが確定している。
地上運用チームは探査機システムの再設定を行い、10月29日に迎えた近日点通過に向けた準備を整えた。火星の周回機を深宇宙の天文観測拠点として活用する手法は、惑星探査機の運用における柔軟性の高さを示している。
高速移動する微光天体を捉える観測機器HiRICの追尾調整
今回の撮影成功は、探査機に搭載された高解像度カメラHiRICの性能とソフトウェアの改修に支えられている。元来は火星表面の静止地形をマッピングするために設計された機器であるため、宇宙の暗闇を高速で横切る微光の天体を追尾するには厳密な設定変更が必要であった。
彗星は毎秒58キロメートルという高速で航行しており、技術チームはブレを抑えるための露出時間を綿密に算定した。収集された生データは北京の管制センターに送信され、専用の解析システムを通じて30秒間の連続アニメーションが生成された。
約2900万キロメートル離れた目標に焦点を合わせ続けるため、カメラの指向制御と機器の熱安定性の確保が徹底された。得られた画像からは固体の核とそれを取り巻くガス雲の輪郭が明瞭に確認され、非重力効果による加速の計算に不可欠なデータがもたらされた。
直径5.6キロメートルの核と氷の成分が示す天体組成
中国国家航天局が公開した画像データは、高密度の岩石質の核とそれを取り巻く巨大なコマの存在を捉えている。太陽熱の放射を受けて数千キロメートル規模に広がったガスと塵の雲は、天体の激しい熱活動を示している。
3I/ATLASの核の幅は約5.6キロメートルと推計され、太陽接近に伴って尾の長さは急激に拡大した。観測初期の控えめな規模から太陽光圧を受けて5万6000キロメートルにまで伸び、太陽と反対の方向へ明瞭な航跡を描いた。
初期の分光データからは水氷や二酸化炭素の強いシグナルが検出され、一酸化炭素の痕跡も確認された。極めて低温の原始惑星系円盤で形成された後に外宇宙へ放出された可能性が高く、天体の化学組成に関する分析が進んでいる。
- 中央核:有機質の塵に覆われた岩石と氷の複合構造で、表面には赤みを帯びた反射特性が確認される。
- 周辺コマ:太陽放射の熱によって揮発性物質が気化し、核の周囲に広範な蒸気層を形成している。
- 伸長した尾:恒星の光圧によって吹き流された微粒子群で、画像上で30秒角にわたる広がりを見せる。
- 非重力加速:内部からの活発なガス放出によって生じる推力で、軌道予測の補正要因となる。
各国の火星周回機や探査車が連携した多角的な共同観測網
3I/ATLASの通過に合わせて、世界各国の宇宙機関が火星に展開する探査アセットを連携させた。欧州宇宙機関や米航空宇宙局(NASA)が運用する軌道船や地表ロボットが観測体制を整え、立体的なデータ収集が実現した。
火星環境に配置された複数の観測機器を統合したことで、彗星の起源や力学的挙動を解明するための多角的な視点が得られた。単一の探査機では困難だった精密なモデル構築が可能となり、宇宙空間における共同運用の有効性が証明された。
- マーズ・エクスプレス(欧州宇宙機関):コマに含まれるガス成分の放出特性を中心に高精度な分光観測を実施した。
- マーズ・リコネッサンス・オービター(NASA):搭載されたHiRISEカメラを用いて核の微細構造の撮影を試みた。
- パーサヴィアランス(NASA):火星表面のクレーターから上空を通過する天体の光学的検出を試みた。
- HOPE(アラブ首長国連邦):天体の最接近時における火星大気上層との相互作用を監視した。
深宇宙探査の技術蓄積と小惑星サンプルリターン計画Tianwen-2への展開
Tianwen-1は火星周回軌道へ到達して中国の探査技術を世界に示した。探査車「祝融号(Zhurong)」がユートピア平原へ着陸し、約1年間にわたって火星の地質データの収集を完遂した。
祝融号が任務を終えた後も軌道モジュールは探査を継続し、極冠の推移やダストストームの動向を監視し続けている。今回の恒星間天体の追跡成功は、既存の探査プラットフォームが想定以上の科学的成果を生み出せることを実証した。
微光天体の精密捕捉技術は、打ち上げが行われたTianwen-2のミッション遂行においても重要な技術的基盤となる。Tianwen-2は地球近傍小惑星からのサンプルリターンおよびメインベルト彗星の探査を目指しており、自律的な誘導制御が不可欠となる。
太陽系形成以前の環境を残す恒星間天体の分析は、未知の宇宙史を紐解くための手がかりを与える。地球外の観測拠点がもたらしたデータは、惑星系の誕生と進化に関する天文学的モデルの更新に寄与する。
